最高裁判所第三小法廷 平成2年(行ツ)132号 判決 1991年4月23日
メキシコ国
メキシコ市四デー・エフ・スリバン五一
上告人
ソウサ・テスココ・ソシエダ・アノニモ
右代表者
イサツク・L・シラー
ウベルト・デユラン・シヤステル
右訴訟代理人弁理士
松田喬
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被上告人
特許庁長官 植松敏
右当事者間の東京高等裁判所昭和六三年(行ケ)第九八号審決取消請求事件について、同裁判所が平成二年一月三〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人松田喬の上告理由について
論旨は、原判決の認定判断に対する一般的、抽象的な不服をいうものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 坂上壽夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)
(平成二年(行ツ)第一三二号 上告人 ソウサ・テスココ・ソシエダ・アノニモ)
上告代理人松田喬の上告理由
一上告理由第一点とするところは原判決は「理由二12」に於て次の判断を示している。
「1 成立に争いのない甲第二号証によれば、本件補正前の明細書(当初明細書)に記載された本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は、次のとおりであると認められる。
本願発明は、スピルリナ藻育成適性を有する自然環境において所求の水塩培養基を人工的に成育保持し、その水塩培養基を以つてスピルリナマキシマ種あるいはスピルリナブラテンシス種に属するスピルリナ藻を栄養自給により生存を維持する自然培養により育成し、採取後、真空洗滌して脱水後の藻の懸濁液を濾過、乾燥し、かつ、動物の成長刺激性と性的成熟性と生殖力の三要素をいずれも増大する成分、ないし少なくともその三要素を増大する主成分を定量成分として含有する顕微鏡的微小藻を基本概念として十分といえる分量において補足した調合飼料を特徴とするスピルリナ藻を補足した動物用等人工食用物に関するものであり(当初明細書第二六頁第八行ないし第二七頁第二行)、近来、水、陸における食肉用動物は肉体的に成長速度を増大させて繁殖力を増加するとともに、若年時の溌刺たる肉を食用に供する目的の育成手段が世上何れも大いなる考慮を払われるに至り、それは、動物の早期成熟性による生存期間の短縮とこれを承継するための種族の繁殖力増強とが根本問題とされるものであるところ、本願発明はそれら二つの問題を同時に解決することを企画し、特定の自然環境、すなわち、特定の栽培適性を有する土地においてきわめて適切な培養基においてスピルリナ藻を栽培することにより、その藻か、水、陸における食肉用動物に対し成長刺激性と性的早期成熟性と生殖力の各増強性を発現することを利用してそれらの目的を同時に達成させ、併せて、同藻が顕微鏡的小藻であり極微粉末といえるところを利用して一般食用物に供することを目的とし(同第二五頁第三行ないし第二六頁第七行)、前記本件補正前の特許請求の範囲記載のとおりの構成を採用したものである(同第一頁第四行ないし第二三頁第一行)。本願発明は前記構成を採用したことにより、一般食肉動物等の生存の短縮とその生存を承継する種族の繁殖力の促進性、すなわち、それら動物の生命循環性を著しく速やかになし、もつて動物食糧の増大性を企画し、併せて人間の健康増強食品にも使用し得る食用物が得られるとの効果を奏するものである(同第五一頁第一一行ないし第一六行)。
2 これに対し、前掲甲第二号証(当初明細書)及び成立に争いのない甲第三号証(補正明細書)によれば、本件補正は、本件補正前の本願発明の特許請求の範囲における「採取後真空洗滌して脱水後の藻の懸濁液を濾過、乾燥し」なる技術的事項を、「真空筒、その他真空容器中に収容して上記スピルリト藻の内部圧力と真空中に於ける外部圧力との差違によりその含有液を十分に排出する程度に組織を崩壊させて上記スピルリナ藻の組織中に存在する塩分を含有する水液を排出させ、更にかくした上記崩壊スピルリナ藻を強力なシヤワー状噴射水を以て洗滌し、これと前後してその崩壊スピルリナ藻を微小な濾し目の濾布、濾紙を以て濾過して所求の程度に成熟した上記スピルリナ藻を選別し(補正明細書第一頁第七行ないし第一七行)」と特許請求の範囲を補正し、それに関連して、発明の詳細な説明の記載を「スピルリナ藻は多量な塩分含有水液を包有し、これらが上記濾布、濾紙を以てする濾過に際しても糊状を呈して目詰りのため濾過不能を招来し、かつ、粉末にすることを不可能にしている弊を有しているものであり、然も、いきなり摺り漬し等を講する時はスピルリナブラテンシス、同マキシマの有する上記成長力、性的成熟性、生殖力を各増大する成分を(中略)著しく減損する弊を招来するものであつて、本発明はそれ等の弊が全くない上記スピルリナ藻の(中略)粉末添加剤を得ることを目的とする(同第二頁第一六行ないし第三頁第一一行)。」「スピルリナ藻が上記多量の塩分を含有する水液を組織的に大量含有するところに帰し、従来この水液を排出するには原始的手段を以て臨み、砂と混合して上記塩分を含有する水液を砂に吸収させ、(中略)砂と混合状態にある時、摩擦、あるいは、組織の著しい損壊によつて上記スピルリナ藻の有効な所求成分が脱却し、殊に水洗時にこれを逃出させる弊が存し、あるいはこれを回避すれば上記塩分を含有する水液を十分に排出することは不可能であつた。現時に至つても機械的手段によるも上記塩分を含有する水液を排出することについては、なお、解決なし得ざる状態であり、(中略)実際には粉末になし ざるものであつた(同第五頁第一七行ないし第六頁第一九行)。」「本発明は自然培養によるスピルリナマキシマ種、あるいは、スピルリナブラテンンシス種に属するスピルリナ藻を真空筒、その他の真空容器中に収容して上記スピルリナ藻の内部圧力と真空中に於ける外部圧力との差違によりその含有液を十分に排出する程度に組織を崩壊させて上記スピルリナ藻の組織中に存在する塩分を含有する水液を排出させ、更にかくした上記崩壊スピルリナ藻を強力なシヤワー状噴射水を以て洗滌し、これと前後してその崩壊スピルリナ藻を微小な濾し目の濾布、濾紙を以て濾過して所求の程度に成熟した上記スピルリナ藻を選別し、これを十分に乾燥し(同第三頁第一二行ないし第四頁第四行)」「本発明においては、(中略)その懸濁液を(中略)濾布(中略)を以て(中略)濾過する。この濾過に際し(中略)濾布に残存したものを収集してその糊状の固まりを真空容器中に延展状に収容し、真空ボンプを使用して中真空状態を三〇分、ないし六〇分程度形成すれば真空容器中のスピルリナ藻はその内部圧力と真空中に於ける外部圧力との差違によりその含有液を十分に排出する程度に組織原状を崩壊させて上記スピルリナ藻の組織中に存在する塩分を含有する水液を外部に排出させる(同第七頁第二行たいし第八頁第五行)。」「濾過残存スピルリナ藻中にも、なお、多量の未成熟(小さいもの)スピルリナ藻か存在することは回避なし得たいからこれを真空容器中に収容して上述の通り真空処理を行い、その処理後、そのスピルリナ藻を水洗種中に移行し、その中で濾布上に載置し、これを動揺させなから強力なシヤワー状噴射水の注水により洗滌する(同第八頁第一二行ないし第一九行)。」と補正するものであることが認められる。
右事実によれば、本件補正は、スピルリナ藻はその組織内に多量の塩分を含有する水液を包有していることによつて濾過が困難であり、しかもいきなり摺り漬すとか、妙と混合するなどの従来法ではスピルリナ藻の有効成分が破壊し、水洗時これを逃出させる弊があるが、現時に至つても機械的手段による前記水液を排出することについてはなお未解決であるところ、本願発明において、それらの弊の全くないスピルリナ藻の粉末を得ることを技術的課題として新たに加え、右技術的課題は前記特許請求の範囲において補正された構成によつて達成されるものであることを明らかにしたものである。」
然しながら原判決は昭和五十七年十月二十七日付明細書に係る手続補正書」(以下単に補正明細書という。)(甲第三号証)願書に最初に添付した明細書又は図面(以下単に当初明細書という。)(甲第二号証)とを比較するに際し両者を文章の位置配在的に対応する分解をなして、右文章の位置配在的に右補正明細書と当初明細書の異同性を対照して認定をなしているが、上告人は原判決が認定したこと自体を非難するものではなく、凡そ認定には法令、文化観念等条理、ないし、論理を背景にしたものと原判決独我、独断流のものとがあり、後者の如き非合理性のものが文化国家日本国に容認されるべき謂われなく、少くとも斯界に於て罷り通る慣習的独断論の域に属するものは認定とともに判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背(民事訴訟法第三九四条)、ないし、判決に齟齬があり、然も理由なき理由を付したるに過ぎず(同第三九五条)、それは、即ち、理由を付してないと断定し得る社会生活上の準則がある。原判決の右認定には右法令違背と理由に齟齬あるとともに理由を付してない、ないし、論理上、理由を付してないと同然のものが共存して居り、その共存していることの観点により、原判決はその非を追求論難されるが当然である。
抑抑補正明細書と当初明細書を比較するに際しては特許法第四十一条に依拠すべきことであることは多言を要せず、そして当初明細書又は図面はこれ等を「存在、存在事実、本質、概念(ここに概念とは他と区別し得る個性を有する論理)、表象(意識を以て形成した対象)の観点に於て措定し得るが、単なる存在は全くのノエマ的の対象であって、人間外の動物と雖もその存在は各動物なりに肯定し得るものであるから人間が知識を以て理解把握する認識とは全く具なり、単なる存在は文化観念上「ない」と同然たるものであって、これは公式論的に既定の知識である。故に論議の対象は「存在事実」より始まるとするを文化観念上、至当とするが、だが、それは精神現象のみを対象とするものではなく、物質、物体、即ち、人間の精神的事実とは全く併立状態たる地球それ自体を基礎とした物理、化学、工学的の対象と区別することを得ない対象であるから、精神現象として全く対象のない状態から対象を発生させる特許法上の発明に適用される論拠なく(その論拠は全くない。)、そして右発明は右概念たる対象たることは文化観念上、公式的事実として現在世界の人類が肯定するところであり、少なくとも世界の思想学者が一致して肯定するところであって、現在これに反する所説をいう者は所詮、自己案出流、自己納得流の独我論に堕しているものであり、然らずとするも慣習的独断論の域を脱せざるものである。原判決は当初明細書又は図面を右存在事実として措定しているもので、これを右概念として措定しているところは全くない。然しながら、右存在事実と右概念とは論理の内容が全く異別であって、右存在事実は存在が人間の生追求に介入したに過ぎず、したがって、その論理の手法は静的、現状維持的、躊躇逡巡的に過ぎないが、右概念は精神現象であるから変化的、偶然的、必然的等に左右され、したがって、論理の手法は動的、攻撃的、発展的である。故に原判決が当初明細書の記載事項を超脱していると認定しているのは右第四十一条に付いても、右補正明細書に付いても右存在事実のみを対象として措定しているものに過ぎず、右概念を無視しているところ、土台、根底的に論旨が成立していない。故に原判決は民事訴訟法第三九四条、及び、同第三九五条に違背しているものであって、当然破棄されることを免れない。
二上告理由第二点とするところは前項一に摘示した原判決中に、当初明細書に記載されている目的なりとの判断を示している対象があるが、右当初明細書は特許法上の発明として合目的性を有するから、右原判決が目的とした対象は右合目的性を無視していること歴然たるものがあるから、民事訴訟法第三九五条に於ける理由を付せず、かつ、理由に齟齬がある違法がある違法性があり、同条違背により到底破棄は免れない。
三上告理由第三点とするところは「理由二2」に於て右前前項に摘示した原判決に示す如く「真空処理を行い、その処理後、そのスピルリナ藻を水洗槽に移行し、その中で濾布上に載置し、これを動揺させながら強力なシャワー状噴射水より洗滌すると補正するものであることが認められる。」との判断を示しているが、かくの如きは当初明細書にも補正明細書にも記載してなく、原判決の理由なき錯誤を犯している認定に過ぎない即ち、原判決は民事訴訟法第三九五条理由を付せず又、理由に齟齬が存するものであって、その破棄は到底免れない。
四上告理由第四点とするところは原判決は「理由二3」に於て次の判断を示している。
3 ところで、本願発明の特許請求の範囲について補正された前記技術的事項、すなわち、スビルリナ藻を真空容器に収納し真空処理し、得られた崩壊スビルリナ藻を強力なシヤワー状噴射水で洗滌し、これと前後してその崩壊スビルリナ藻を濾過して所求のスビルリナ藻を選別するという処理手段に関連する点については、前掲甲第二号証によれは当初明細書には、「スビルリナ藻を栄養自給により(中略)育成し、採取後、真空洗滌して脱水後の藻の懸濁液を濾過、乾燥し(当初明細書第二六頁第一三行ないし第一五行)」「上述した藻は(中略)メキシコ国特許第一二五八四六号中に示された方法によつて培養基から分離される。上記の特許によれば、分離は、真空洗滌され、更に、脱水された上記藻の懸濁液を濾過することによつて採取する(同第三六頁第一三行ないし第三七頁第一行)。」「これを真空洗滌、即ち、真空分離 等を いて洗滌することによりスビルリナ藻の内面的組織、ないし、栄養成分は十分に剔出され(同第四九頁第一九行ないし第五〇頁第一行」と記載されているのみであることが認められる。
右事実及び前記2認定の事実によれば、当初明細書には、スビルリナ藻を培養より分離する手段として、前記2で述べた従来法では得られなかつた塩分を含有する水液を排出させ所求の成分を有する粉末のスビルリナ藻を得ることを技術的課題とし、その解決のために「真空筒、その他真空容器中に収容してスビルリナ藻の内部圧力と真空中に於ける外部圧力との差違によりその含有液を十分に排出する程度に組織を崩壊させてスビルリナ藻の組織中に存在する塩分を含有する水液を排出させ、さらにかくした前記崩壊スビルリナ藻を強力なシヤワー状噴射水を以て洗滌し、これと前後してその崩壊スビルリナ藻を微小な濾し目の濾布、濾紙を以て濾過して所求の程度に成熟したスビルリナ藻を選別する」技術的事項か記載されているとは認められない。また、本件全証拠によるも、粉末のスビルリナ藻を得るに当たり前記技術手段を採用することが技術上自明の事項であると認めることもできない。
原告は、当初明細書には、藻の培養基から分離する方法を示す文献としてメキシコ国特許第一二五八四六号を掲げてあり、右特許明細書には、藻を真空処理し、その後強力なシヤワーで洗滌する旨のことが記載されているから、結局当初明細書には前記技術的事項が記載されていると主張するか、成立に争いのない甲第八号証によれば、メキシコ国特許第一二五八四六号明細書には、第一、第二段階の濾過工程、第三段階の水による真空中での噴霧洗滌(塩分の除去)、第四段階の真空状態での水の除去、第五段階の粉砕機による藻の細胞の破壊による液化、第六段階の回転式筒乾燥機等による乾燥の各工程から成る、藻を含んだ溶液から顕微鏡的微小藻を濾過、洗滌、粉砕、乾燥の工程により分離する方法が記載されているところ、右方法の第一段階における藻を含んだ溶液処理のための装置を示すFig1ないしFig4cの濾過器及びFig5並びにこれらについての説明(甲第八号証第八頁第一行ないし第一九頁第四行)を検討してみても、前記補正後の技術的事項が記載されているとは認められない。
したがつて、本件補正により補正された前記技術的事項については、当初明細書には記載はなく、またこれが粉末のスビルリナ藻を得るに当つて当然に採用される技術的事項であるとはいえないとした審決の判断に誤りはない。
なお、原告は、当初明細書には「栄養成分を十分に剔出し、脱出後の藻の・・」とすることが表されているとした審決の認定は誤りである旨主張している。前掲甲第二号証によれば、当初明細書には「栄養成分は十分に剔出され(第五〇頁第一行)」と記載されていることが認められ、「は」が「を」に替えられているが、これは、真空洗滌を施す者の観点、真空洗滌が施されるスビルリナ藻の観点からの表現の相違にすぎず、剔出の意味を誤認しているわけではなく、その意味するところに実質的な誤りはない。また「脱出後」の点は、「脱水後」の誤記であることは当初明細書の全体の記載からして明らかなところであり、しかも、右の点は真空洗滌後の工程にかかわるところであり、明細書の要旨を変更するものであるとする該真空洗滌の工程にかかわる補正と無関係であるから、このことが審決の結論に影響を及ほすものでなく、原告の前記主張は採用し得ない。然しながら右上告理由第一点に示す通りの理由により
原判決の右判断は民事訴訟法第三九四条、及び同第三九五条に該当し、到底破棄されることを免れない。
以上